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ヤンデレからほのぼのまで 現在沈没中
 

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イロモノ企画その4
ミクが鬼

マスターみたいな人が出てきます
インスピレーションばいA某(夏目P)さんの『夢一夜』

まさかの前編


とある緑の深い山に、翡翠色の美しい鬼がいるという。
別段、他の鬼のように人の村を襲うわけではなかったのだが、満月の美しい夜に山から響いてくる歌を聞いた村の者が数人、フラフラと山の中に入って行き、そのまま戻らなくなるのだ。
月に一度あるかないかの出来事だが、村にとっては深刻な問題である。
村長が満月の夜は扉を開けてはならないと呼びかけ、村人もそれにしたがっていたが、
歌が響く日にはその僅かな抵抗も意味をなさず、家族や友の制止を振り切って山へと向かう者がでるのだ。

そのときどこからともなく流れた噂が、碧の鬼が歌を歌い、人を山に引き付け喰っているというものだった。
信憑性はないが、村長はその噂に縋り付き、碧の鬼を退治すれば収まるのだと思い込んだ。
そのあげく、居るかも判らない鬼の退治を辺りの力自慢に持ち掛けた。
存在すら怪しい鬼でも、断ったら怖じけづいたと笑われてしまうと、力自慢達は誰も知らない鬼を退治すべく山へと潜り込んだが、その誰一人として戻らなかった。
緑の山に入れば、碧の鬼に喰われるぞ、と鬼の噂はますます強まり、ついには力自慢は疎か、山に出入っていた者達まで山から遠ざかり、村長はほとほと困った。未だに鬼の歌で人々は連れ去られているのだ。
このままじわじわと鬼に喰い殺されるしかないと、村長も諦めかけたころ、ある旅の人が訪れた。
旅の人はその後ろに、赤茶の髪の女性、青い髪の青年、黄色髪の双子の子供という、奇怪な者達を従えていた。
村長は碧の鬼に加え、新たなもののけかと訝しんだが、旅の人は、この村を襲う鬼歌を、私が鎮めてさしあげましょう、という。
ただひとつ、私が鎮めた暁には、私が彼岸に渡った後、この山に骨を休めさせてほしい、と一つ旅の人が言い加えた。
そのようなことでいいのなら、と、残る手立ての無い村長は、村の者に安息が戻るのなら、とそれを承諾した。
それを見た旅の人は、黄色髪の双子に何かを囁く。
そして双子はずいと前に一歩踏み出て、すぅう、と大きくいきをすった。
その後に双子から響いたのは村中に届く歌だった。
その歌は、山から響く音に似ていることに村人達は気づき、あわてて耳をふさぐ。
旅の人はそれを見てクスリと笑い、この歌は聞いても平気ですよ、と言う。
だが歌がながれるにつれ徐々に周囲の光が弱まってゆき、村人達の不安はさらに煽られていく。
なにが起きているのか見当もつかない村人達を気にもかけず、双子の歌が終わった。
あたりは闇に包まれ、空には煌々と満月が輝いている。
いい歌だったよ、と双子の頭を撫でた後、村人達に向きなおり、それでは私は行ってきますね、と告げ山の中へと消えた。





生き物の気配が薄い、と赤茶の髪の女性が呟いた。
彼女の言うとおり、山は濃い緑で溢れていたが異常な静けさを保っていた。
それでもわずかにする物音を辿ると、何かに呼ばれているかのごとく山の深くへと続いていた。
旅の人はただひたすら音を辿り、黙々と山の中を進んでいく。
いよいよ緑が生い茂り、先に進むことはもう不可能なのではないかというところで、旅の人はようやく足を止めた。

やあ、ここにいるのだろう、と旅の人が深い緑の中に問いかける。
さわさわと風が葉を揺らす音が辺りを満たすだけだったが、もう一度おうい、と呼びかけると、ざわりと緑に穴があき、いつの間にかそこに碧の髪の少女が腰をおろしていた。
私に何か御用ですか、と少女が旅の人に問う。
私はあなたに歌を歌ってほしいのです、と旅の人は応えた。
しかし、と碧の少女は言う。
わたしが歌うと、たくさんの生物がやってきます、そうすると私は困ってしまうのです。
困ってしまうとはなぜなのです、と旅の人は尋ねる。
あまりにたくさんの生物がいると私、つい食べ過ぎて具合が悪くなってしまうの、と少女は恥ずかしそうにほほ笑んだ。
幼子の甘くやわい骨、女のみずみずしく澄んだ眼球、男の弾力のある濃厚な肉、
極め付きは私の歌に蕩けたその魂、どれもついつい食べ過ぎてしまうのです。
一度にあれほどやってこなくてもよいのですけど、余らせてしまうのは勿体のないことでしょう。
その言葉に、双子の片割れが顔をしかめる。
今まで君の歌を聴いた人たちを全て食べてきたのかい、と青い髪の青年が問えば、ええ、おいしくいただきました、と少女は応える。
それを見て、旅の人が苦笑いをして赤茶の髪の女性に笑いかけた。
まるで昔のあなたたちのようだね、彼女をどうすればいいだろう。
旅の人の言葉に、もう双子のもう片方も顔をしかめ、青年も苦笑いをし、応える。
それはもちろん、俺達のようなら俺達と同じことをすればいいかと。
そうだね、と旅の人はその応えに満足して笑う。

それでは私は、結局どうすればよいのでしょう、と碧の少女が僅かに不快そうな顔で言う。
歌いましょうか、殺しましょうか、あなたは私に何の御用か。
それはもちろん私達の、と旅の人が言う。
家族になってもらいましょう、最後の娘よ。
言うやいなや、旅の人が、すぅ、と息をすい、その声を山の中に響かせる。
その声は音に、歌になり、周囲を貫いた。
初めて己に害なす存在に出会った少女は、ただその歌に貫かれるだけで、動くことも、その口から鬼の歌を滴らせることもできずにいた。
旅の人の歌は、時間にすればものの数秒。
しかし一度でも貫かれた心は、旅の人に刃向うことができなくなっていた。

あなたに今できることは何もなくなった、食べることも歌うことも、死ぬことも今、私の許可なくできはしない。
それでも、碧の鬼姫、もしあなたが再び人を食べ、歌を奏で、自らの命のあり方を己で決めたいというのなら、それを君に許可することもできるのだよ。
旅の人の言葉に、碧の鬼は、意味がよく理解できない、と顔を歪めた。
あなたは選ぶことができるのです、ただ此処に在り続けるだけのものになるか、一つの条件をのみ鬼として私とともに行くか。
さあ如何がしますか、これはあなたが選ぶものだから、あなたがきめてください、と旅の人。
これはもはや脅迫だと何時も思う、という赤茶の髪の女性の呟きは、知らないふりをしていた。
少女は静かに、その条件はどのようなものですか、と尋ねる。
とても簡単なことさ、と旅の人は笑う。
私のために歌を歌ってほしい。
たとえ私が望んだときに歌わなくとも、私が歌うなと言った時に歌ってもいい。
ただあなたの心がふいと私の事を見たとき、歌を歌ってほしい。
あまりにも簡単なその条件に、少女は呆気にとられた。
たったそれだけでよいのですか、それだけで、人を喰う事も許されるのですか。
人、と言っても、私の事だけどもね、旅の人は少しだけ申し訳なさそうにいう。
私は次の美しい満月の夜に死ぬのです、私が死んだ時に、あなたは私を喰い潰すなり好きにすればよい、その時にはあなたはもう自由だ。
碧の鬼はしばし、言葉の意味を咀嚼する。
それは、私に何の束縛もないですね、それでは私は、
鬼としてあなたと共に行きましょう。
その返事に旅人は、
それならば早速、遊びに行こう、と碧の鬼の手をひいて山から降りるべく歩きだした。
碧の少女はうまれた緑に多少心が引かれたが、その手と共に歩いてゆく。
その先には鏡像の満月が消え、ただ美しい青空の下に花が揺れていた。





一つ日が落ち、また昇った
碧の鬼は、旅の人たちの名前を知った
四つ日が落ち、また昇った
碧の鬼は、生きた人の温かさに触れた
十の日が落ち、また昇った
碧の鬼は、自分が孤独だったことに気づいた
十と六の日が落ち、また昇った
碧の鬼は、死に際の血の熱さを忘れた
二十と三の日が落ち、また昇った
碧の鬼は、まだ一つ月が過ぎていないことに驚いた
三十の日が落ちたそのとき
碧の鬼は、家族とともに生まれた山にいた
三十と一の日が昇ったとき
碧の鬼は、涙が塩味をしていることを知った





三十の日が昇ったとき、旅の人は朝の挨拶をするがごとく言った。
私は今日死ぬから、あの山に骨を埋める準備をしよう。
赤茶の髪の女性は、苦しそうに顔を歪めながら、頷いた。
青い髪の青年は、日頃より幾分低い音で、はい、と返事をした。
黄色髪の双子の子供は、何かを堪えるのに必死で黙りこくったままだった。
碧の鬼は、ようやく訪れる解放に喜ぶことができなかった。
始めは、今まで特に束縛されていたわけではないからだと思った。
それでも、生まれた山に近づくにつれ、不思議な気持ちになるのを感じていた。
それは、今までに感じた事の無い、孤独に似たような気持ちだった。

今まで何処かへ行く道では、皆で話をし、時たま歌を歌っていた。
だが山へ向かう道では、皆は話をせず、歌を歌い歩いた。
碧の鬼は他の鬼達よりも積極的に歌を歌った。
今まであまり歌う事が無かったから、旅の人は喜んだ。





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